第3話:「長生きしたい貴方へ」

拝啓 長生きをしたい貴方へ
 長生きをしたい貴方、日本人が今後どんなに努力したって、平均寿命 (男性 77歳・女性 83歳) が 1歳さえも延長することはないと思います。それでも長生きは人間の本能だから、一緒に長生きに向かって努力しましょう。

貴方は毎年、定期的に井原市から勧められる健康診断 (配給制度の続きみたいで、気分的にはイヤだろうけれど、手っ取り早く安いのでーーー安いのは少々問題だがーーー) を受けるばかりでなく、近くにある健診センター又は病院の人間ドックを受けなければならない。これらの検査には高血圧、糖尿病、高脂血症発見のための各種スクリーニング検査が含まれ、もちろん死因の第一位である悪性腫瘍に関する各種、腫瘍マーカーの検査も含まれている。

貴方は、医師の助けを借りなくても出来る検査を週に一度は必ずやらなくてはならない。鏡で顔色を見る、口内を調べる、甲状腺の大きさを確認する、ホクロを観察する等は当然のことである。また日本人には少ないのだが悪性黒色腫は爪床と足の裏に出来易いので一生懸命に観察しよう。
貴方が女性なら乳癌を自分で見つけなければならない。それは多くはつきたての餅の中に硬い小石が入っている様に感じるはずだ (見つけたらすぐ医者に見て貰おう、「乳癌かも知れません」って) 。

他にも自分で出来る事がある、検便と試験紙による尿検査。検便は多少面倒だが慣れると簡単、潜血反応が出たら即座に医師に診て貰おう。尿検査は井原市の検診で使うのと同じ試験紙を使えばいい。薬局でも医療機関でも頼めば簡単に手に入る。異常があれば最寄りの医療機関にスッ飛んで行くべきことを忘れてはならない。
あなたはその上、手という便利な道具を持っている。体のあっちこっちを触りまくって一か月前とは違う塊の存在やリンパ節の腫大の確認に神経をすり減らさねばならないかも知れない。

そうそう、他人の言う事やお勧めを真面目に聞いたり、本気にしてはならない。その多くは「大きなお世話」の類だ、他人は決して貴方のことを思いやってはいない事を肝に銘じておこう (ついでに、最もアテにならないのは厚生省ということを覚えておいて損はない) 。
最も大切なものは何といっても食欲、食欲不振の裏には絶対に重大な疾患が潜んでいる。貴方が好きなお酒が飲めなくなったら、「まあいいか?」何て決して思ってはいけない。

貴方は、テレビの健康教育に関する番組を出来るだけ見た方がいい、多少誇張や枝葉末節があるがウソではないのでがまんしよう。仕事と重なる時間帯の番組は、ビデオに撮っておく。有毒物質の疑いのあるものや、食品添加物などの新しい報告や、新発見された健康に有害なあらゆる物質についての報道に接する度に食事の献立を制限しなければならない。

家の湿度を除湿器で調整し冷暖房設備のフィルターは常に新しいものと取り替え、家のあちこちに空気清浄器を取りつけよう。貴方は健康についての記事をふんだんに載せている数種の雑誌を購読した方がいい、貴方が男性なら浴室の鏡に、女性なら化粧台の鏡に最新の記事を貼って、毎日その記事を読み返すよう心がける。

むろん貴方は各部屋に煙探知器を取りつけ、2階の書斎には縄梯子を備えつけなければならない。またフッソ化合物やサリン等有毒物質を検出する水炉化装置や精巧な検出器及びアラーム (危険警報機) を設置する事を忘れてはいけない。

貴方は、食事の献立にかなり神経質にならなければならない。言うまでもないことだが過剰の食塩 (Nacl) 摂取は厳に慎まなければならない。例え高血圧気味でなくても一日あたりの食塩摂取は 10 〜 12g が理想とされている。摂取カロリーについては年齢と仕事の軽重によるが、[ 体重 x (25 〜 30) ] Kcal とやや栄養失調気味になる方が寿命を延ばすそうなのでとりあえずこの考えを取り入れよう。

これで体重を [ (身長 (m)) x (身長(m)) x 22 x 0.9 ] Kg (標準体重の 10% 減) に死守する。もしそれを下回って体重がどんどん減る様なら減りが止まるまで 100Kcal ずつ 5日毎に増やす。

摂取カロリーの内訳は、脂肪が約 20% 、蛋白質が約 15% 、残りの約 65% を糖質で摂取する。摂取カロリーの微調整は糖質で行い、十分な量の複合糖質 (果物や野菜に多い長鎖の糖質) を含む様心がける。貴方は飽和脂肪、食塩、砂糖、卵をできるだけ食べてはいけない。大豆蛋白は体にいいといわれているので、毎日枝豆 100粒程食べよう。脂肪性食品は食べ過ぎぬ様に極めて敏感でいた方がいい。テンプラ・フライ物・油炒めしたものは避けるべきなのだが、野菜を炒める際に使うごく僅かの植物油は例外とする。一日少なくとも 5回 (起床時・朝食後・昼食後・夕食後・就眠前) 体重計に乗ろう、体重が 100g たりとも増えないことを願って。

もし貴方がカルシウムをとる為、牛乳 3合を毎日飲んでいるならば止めた方がいい、コレステロールが一杯含まれているから。カルシウム摂取が目的ならば 3Aカルシウムの錠剤を一日 15錠飲めばいい。

ビタミンやミネラルの摂取については、食事の献立にかなり神経質な貴方でも、あえて総合ビタミン剤やミネラルを含んだ補助食品を摂る必要があるだろう。長生きには金がかかるのである。

貴方は脳血栓防止のために小児用アスピリンを 1錠毎朝服用し、便秘にならぬ様に植物線維をたっぷり摂らなければならない。当然たばこ、アルコール、コーヒー等の嗜好品には手を出してはならない。その替わりに、最近緑茶に癌の予防効果があるらしいといわれており、試しに好みの緑茶を一日あたり 10杯位飲み続けてみてはどうだろうか。

貴方がもし無趣味ならワープロのキーを叩こう、指の運動と作文が老人ボケを防ぐのに役立つと、どこかで聞いた。但し長時間モニター画面の前に座るのは、視力低下の原因となり、腰痛も起こしやすくなるので一日 60分を限度にしよう。CD ウオークマンのイヤホーンから流れる音楽を聞きながらワープロを操作するのは、若返った様で楽しいものである。

貴方は毎日運動を欠かしてはいけない。雨の日以外は毎日 40分速足で近くの公園等を散歩する、自動車の往来の激しい所にはできるだけ近付かない。そして週末毎に自転車に乗り、雨の日は居間に備えつけたローイングマシン (漕艇機) を漕ぐ。自転車やローイングマシンでは脈拍、血圧のモニターを行い、酸素濃度計で運動が過剰にならない様細心の注意を払う。もちろん毎年の誕生日にアラームの設定を年齢に合わせて変更する事を忘れてはいけない。

貴方は年に 2回は歯科医に行き、日に 3回歯磨き後に歯の間を丁寧に掃除しさらにビタミンD を僅かに含んだカルシウムとフッ素の特殊な混合液を歯に塗りつける。その上薄めた過酸化水素溶液と歯垢除去液で、就寝前にうがいをする。貴方は外出の際には、規定通り波長調整されたサングラスをかける。白内障の原因となる紫外線をカットするためである。貴方の部屋には、壁にたくさん印のついたコーナーを設けて、毎日一度は視野や視力をチェックしテレビの見すぎ、読書のし過ぎなど過剰に目を使わないよう気を配らなければならない。

貴方は自分に、何らかの精神病理学上の疾患がないかどうか、一年に一回スクリーニングを受けた方がいいかも知れない。 (もしあなたがここまで読んできて全てに納得し、実践してみようと思っているならば、あなたは絶対に精神科のカウンセリングを受けるべきであろう。)

こうした上で貴方は医療機関での診察や身体検査にかなりの時間をかけなければならない。血液や尿や便、喀啖の検査は、考えられるあらゆる項目にわたって 2か月に一回調べなければならない。貴方は自分のありとあらゆる開口部に、少なくとも一年に一度は内視鏡を挿入されるべきである。つまり喉頭鏡、耳鏡、胃カメラ、気管支ファイバー、大腸ファイバー、膀胱鏡等である。超音波検査は手軽に出来るので毎月一回あちこちの健診センターや医療機関でやって貰おう。CT スキャンは X 線を浴びるので一年に一回胸部と腹部についてのみ受けよう。特に肺癌検診の為には最新のヘリカルスキャン CT が一番いい。MRI スキャンは痛くないし、X 線を浴びる事もないが高価なので半年に一度全身を隈無く調べよう。PET という断層写真は自費の上かなり高価でまだ一般に余り知られてないが撮った方がよかろう。病気の早期発見にはやっぱり金がかかるのだ。心臓や脳に関しては血管造影検査もこなすべきである。死因の 2・3 位が心脳血管障害だからというのがその理由だ。

そうそう忘れてはいけないことがもう一つある。死因の第 4位は肺炎など呼吸器の感染症だ。だから貴方が 70歳以上なら、毎年 11月下旬から 12月上旬のあいだにインフルエンザワクチンの接種を絶対に受けるべきだ。これであなたは快適な正月を保証されるとともに致命的な肺炎にかからなくて済むことになるだろう。

以上、悪性腫瘍・心脳血管障害の予防と早期発見を主眼として私の想像する長生きのシナリオを描いてみたが、読者はどのように感じただろうか。もしこれを実践してみたいという人が私の眼前に現れたら何と言おうか?

「長生きのために色々うんざりする様な事をしなければならないのだが、それでも貴方の寿命は延びるか、延びないか分からない。しかし、長く生きている気分は味わえるだろうなあ。」とでも言おうかな。

敬具  

 平成 8年 4月18日 (初稿)         
鳥越恵治郎  

(参考: Clifton K.Meador, M.D."The last well person", NEJM, 330 : 440, 1994)

P.S.
アメリカの話だが、1900年以来、主に病気の予防と治療法の進歩により米国人の平均寿命は大幅に延びた (1900年:47 歳、1988年:75 歳) 。しかしそれらの健康対策は最長寿命を延ばすのに実質的に何の影響も与えてない。
(日経サイエンス、1996年 3月号、P38)