第18話:「恐怖」を煽るコワサ」
【恐怖」を煽るコワサ】
 世の中が益々キナ臭くなってきた。昨日(H18.6.16)は北朝鮮がテポ
ドン2号、射程10000kmの発射準備完了だという。くだらないことを大々
的に喧伝するものだ。関係者だけでしっかり見張ってろ。余計なことは
知らせなくていい。本当に落ちて来りゃ、自然に分かる。
 暑さで頭がボーッとしてるうちに、何と『国民保護計画』なぞという
御たいそうな計画が進行中らしい。何のことはない”国民を保護するた
め”という名目で国民の私有財産をカツアゲするのが本来の目的。もう
十分保護して貰ってるんで結構だよ。これ以上に干渉・介入して自由を
奪うのは止して頂だいという気分なのは筆者だけではなかろう。
 『「恐怖」を煽るコワサ』が身に沁みて来た今日このごろ、タイムリ
ーな名文がMLに載った。著者、色平哲郎氏(作家、佐久総合病院内科医
師 南相木村国保直営診療所長)のご許可を得て、その全文を「言いたい
放題ー第25話」として掲載する。
 
                <「恐怖」を煽るコワサ>
 
 「人間の安全保障」について考えてみたい。
 この考え方は、日常的に食べ物は十分あるか、病気になっても治療を
受けられるか、仕事はあるか、犯罪に巻き込まれないか、住居はあるか、
思想や宗教の自由は守られているか……など「人間の生にとってかけが
えのない中枢部分」を守って、すべての人の自由と可能性の実現をめざ
す、というものだ。
 現代のニッポンは、物はあふれて豊かで、こんな考え方は遠い国の話
と感じる人もいるかもしれない。しかし、世界一の長寿国でありながら、
自殺率も世界で一で年間3万人以上の人が自ら命を断っている。都会の
繁華街で夜毎、膨大な残飯が出る一方でホームレスの人たちがゴミ箱を
唯一の「命綱」として、その日、その日の生をつないでいる。親が子を
殺し、子が親を殺す。保険料が払えず、保険証を交付されないために治
療が受けられず、死んでゆく人もいる……。
 
 「しあわせ」って何だろう。
 
 人間の安全保障の概念によれば、人間の生活を脅かす要因は「欠乏」
と「恐怖」なのだという。貧困や飢え、教育や保健医療サービスが受け
られないのは「欠乏」になる。戦争やテロ、人権侵害による弾圧、感染
症の蔓延、環境破壊、経済危機、災害などは大きく「恐怖」にくくられ
る。もちろん、両者は影響しあっており、欠乏が恐怖を高め、恐怖から
欠乏が生じる。単純には分けられないのだが、どうも現代ニッポンは、
物質的に充たされているなかで、得体の知れない「恐怖」が煽られ、不
安を呼び、その不安がまた新たな恐怖を生む「負のスパイラル」に入り
つつあるような気がしてならない。
 たとえば今国会での成立が見送られた「共謀罪創設法案」も、そのひ
とつ。共謀罪論議の発端は、2000年11月に国連総会で「国際的な
組織犯罪の防止に関する国際連合条約(国連国際組織犯罪条約)」が採
択され、日本も署名したことにある。これを受けて日本でも国内法の整
備をしなくてはならない、ということで「共謀罪」という罪を創設しよ
うと、同法案が提出された。
 共謀罪とは、要するに犯罪的行為を実行していなくても、誰かと「や
ってやろうぜ」と相談したり、「よっしゃ。やってやろう」と合意した
りするだけで犯罪と決めつけられること。
 現在の刑法では、殺人や強盗などの重大犯罪については「予備行為」
を例外的に処罰する規定はある。ところが、共謀罪は、さらに踏み込ん
で、予備行為以前の「相談」にまで処罰範囲を広げようとするものだ。
しかも、その対象になる犯罪が600ちかくにものぼる。そのなかには
「万引き」や「傷害」、「組織的な威力業務妨害(マンション建設反対
の抗議行動など)」から「不同意堕胎罪」や「偽りや不正行為による市
町村民税の免脱罪」といった、どう考えても、国際的犯罪条約とは関係
のなさそうなものまで含まれている。仮に「偽りの――免脱罪」があれ
ば、ノルマ達成のために行われた社会保険庁の保険料の不正免除なども、
入るのか……?
 しかも、共謀グループの一員であった者が、その共謀内容を官憲に報
せれば罪を逃れられるというのだ。これは「密告」「チクリ」を大々的
に奨励するものである。戦前の悪法「治安維持法」がゾンビのように復
活する。いくらなんでも、これは酷いと民主党も「修正案」を出したと
ころ、自民党は何がなんでも成立させようと「丸のみする」と回答。
「えっ」と驚いた民主党、さすがに「信じられない」と審議拒否。辛う
じて今国会での成立は見送られた。しかし、先はまだ見えない。
 政府与党の一連の動きは、テロや国際犯罪への対応を理由に恐怖を拡
大再生産しようとしているようにしか思えない。民主党とのドタバタ劇
で本質が見えにくくなったが、そもそも共謀罪がなければ「国際組織犯
罪条約」を批准できないという自民党の根拠も、怪しくなっている。
「日本が採択したこの条約や国連作成の立法ガイドの英文原文には批准
に共謀罪が必要だとは書いていない」との意見が英文解釈の専門家の間
から次々と出されているのだ。
  6月15日付けの「東京新聞」は、「米ニューヨーク州の弁護士資格も
持っている喜田村洋一弁護士は、これまで共謀罪創設の是非にまつわる
議論に加わってこなかったが、つい最近、A4判用紙で約十センチもの厚
さがある国連条約と立法ガイドの原文(英文)を二日がかりで読破して
みた結果、共謀罪が条約批准の条件ではないことに気付いたという」と
報じた。
 翻訳解釈上の要旨は割愛するが、「喜田村弁護士らの指摘通りなら既
に組織犯罪処罰法を持っている日本は、わざわざ共謀罪や参加罪を創設
しなくても条約が批准できるのに、できないと思いこんで共謀罪創設法
案を審議し続けてきたことになってしまうとの声も出ている」と同紙は
記す。
 恐怖を拡大し、煽るためにもしも本質を捻じ曲げていたとしたら……。
 これこそコワイ。
 似たようなことが「構造偽装事件」でもいえる、との指摘は、友人で
ノンフィクション作家の山岡淳一郎氏。「構造計算プログラムを悪用し
て鉄筋量を減らした行為は、糾弾されて然るべき。ただし、実態的にそ
の建物の耐震強度がどうなのかは、構造計算だけでは分からない。そも
そも構造計算の方式は四種類もあり、コンピュータソフトの構造計算プ
ログラムは大臣認定を受けているもので100種類以上ある。構造学者の話
では、どの計算方法でどのプログラムを使うか、どのように数値を入力
するかで、震度5強で倒れるとされ、住民退去の根拠となった『保有耐力
0.5』を挟んで上になったり、下になったりする。つまり同じ建物でも計
算方式やプログラムの選び方次第で、退去か居住継続か異なる。いった
い、耐震強度の基準とは何か。本質にかかわる議論がされず、国は罰則
強化や確認申請のテコ入れだけを行おうとしている。不安だけが撒き散
らされる」。共謀罪も耐震偽装も人間の思想信条や居住という「生にと
ってかけがえのない中枢部分」にかかわる。そこが恐怖の標的にされて
いる。
 
 誰が、いったい何のために……。
 
                   平成18年6月17日 鳥越恵治郎